10年前まで私はフィリピンのフィの字も知らず、興味も全く無かった。

タイ人とインドネシア人とフィリピン人の区別すらつかなかった。

っていうか小学校を卒業するまで日本以外ぜんぶアメリカだと思っていたので無理はない。

※よかったらココを参照
<僕は先生が大嫌いでした モトボサツ勝手にブログ セブ島編>
http://cebusurvive.doorblog.jp/archives/33135363.html

私は日本でキックボクシングをやっていたので、よくユーチューブでムエタイの試合とか見ていた。

タイ語とタガログ語が全く一緒に聞こえたので、当時日本で付き合っていたフィリピーナ彼女Tに

「お前タイ語わかるやろ?」と間抜けな質問をした記憶がある。

そんな調子だったからフィリピンの言葉がタガログ、ビサヤなど島によって全然違うとはつゆ知らず。

詳細は<モトボサツ 勝手にブログ セブ島編 知らなすぎた男>
http://cebusurvive.doorblog.jp/archives/32757389.html

しかしフィリピン人って色が黒くてちょっと悪シツコイ顔をしているのだけはなんとなく知っていた。


私が36歳の時、色々とあって経営していたキャバクラ店2つをクローズし、当時の妻と離婚し、家も車も手放し、その後いきなりボサツになった。

「あなたはもうボサツやけぇ」と北九州弁ではずみで言われた場所
福岡県 曹洞宗 瑞石寺 築400年
zuiseki

(元菩薩)モトボサツと名乗っているのはフィリピンで菩薩はとても続けられないからだ。

※ボサツになったあたりのいきさつは良かったらココ参照
http://cebusurvive.doorblog.jp/archives/33421674.html

離婚の痛手から立ち直るために、外人としか付き合わないルールを設置した。

友人がやっていた外人パブで客として修行中ウクライナ人のSと仲良くなってしまった。

その後暇にまかせて

Sの故郷のウクライナのキエフへ1カ月だけ一緒に行くことになった。

Sのお父さんは癌だった。

長くないので一緒に生活したいけどいいか?と言われもちろんOKといった。

更にお母さん、お兄さん夫婦と子供2名が10畳程度のワンルームで暮らしていた。

5階建てほどの古いアパート。

トイレ共同、風呂共同。昭和の公団のアパートを想像するとわかりやすい。

部屋に入った瞬間ツンとしたキツイ匂いがした。

さらにSと私が加わり、10名になった。

Sの匂いも加わり、1週間もすると匂いによるストレスで頭が変になってきた。

そこで素朴な疑問がわいてきた。

この人達いつ風呂に入ってるんだろう?

ちなみに私は1日に1回キエフでも毎朝ジョギングをしていたので必ずシャワーを使っていた。

シャワーの場所がまた面白かった。

1Fの管理人室らしき所の隣にシャワールームがあり、毎回お金を使う。
日本円で30円位。

「あのさ、風呂ってみんな何時いってんの?」

「日曜日教会と買い物が終わってから」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

1週間に1回しか風呂に入らない。

それが部屋に沢山いる!

理由は肌が乾燥するので1週間に1回の習慣になっていて、さらに有料なので風呂が遠のいてしまうとの事だった。

その当時私は典型的な日本人だったので「匂いがきつくて鼻が曲がりそうだ」と直接言えなくて悶々としていた。

その後日本に帰国し、友達に全部話した。

「実はさ、アイツら1週間に1回しか風呂入らなくてさ、匂いが△□×・・・・」

「そういえばなんかうちの連中が言ってたな。ロシア人は1週間に1回しか入らないって」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「お前フィリピン人にしろよ、風呂1日2回位入るらしいぜ」

フィリピン人はたいがい腹黒いが意外と清潔だ。

匂い恐怖症になっていた私には”黒い天使”に見えた。

無臭だ。

それからフィリピンとのかかわりが出来た。

ウクライナでは言葉が全く分らずつまらなかったので、フィリピンにはタガログ語をバッチリ覚えて行こうと決意した・・・・

ここがフィリピンへの第一歩だった・・・・

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