私がこの変な・・・いやワイルドな国へ住むことに決めた決定的な理由がある。
「女の多さ?」
「ブブ~ッ!」
「酒とゴルフとタバコの安さ?」
「ブブ~ッ!」
「南国のヌルイ感じ?」
「ブブブ~ッ!」
正解は子供の多さだった。
35歳で人生がガラガラガラと激変し、モト妻(日本人)と離婚し、娘を遠くへ連れて行かれてしまった。
娘は当時5歳。
可愛い盛りだった。
モト妻には既に超不細工な愛人がいて、計画離婚だった・・・
ほんとヤラレタぜ。
いま考えるとフィリピンっぽい展開だ。
日本に居ながらにしてフィリピン生活の研修を受けていたようなもんだ。
私は名古屋で一度人生を精算し、それから九州の片田舎へ流れ着いた。
よかったらその当時の様子がありますので見て下さい
http://cebusurvive.doorblog.jp/archives/33421674.htmlよかったらその当時の様子がありますので見て下さい
そこには一軒だけジャスコがあった。
お寺の和尚さんの言いつけ通りマジ全部捨てたので着替えすらろくすっぽ持っていなかった。
まるで脱獄囚だった。
既に手放すことに快感を得ていた私は生きる上で足るダケに挑戦していた。
唯一のジャスコで3着だけ下着類を買った。
毎日洗濯すればこれで生きていける。
ジャスコに行くと父親と娘が手をつないで歩いている。
あれを見ると正直胸が張り裂けそうだった・・・
そののちモトボサツはフィリピンというワイルドな国に流れ着くわけだが、
そこで待っていたものは沢山の子供達だった。
そこで待っていたものは沢山の子供達だった。
私をセブ島へ連れていったTに思わず言った。
「すげ~!、子供だらけ」
モト妻に連れていかれたとき、娘はまだ5歳。
まだ私の中で時間は止まっていた。
娘が沢山戻ってきたような錯覚だった。
「ここだったら俺絶対さびしくねえな!」
そうTに言ったところ
「ココ住んだら?ワタシの部屋使っていいよ。ワタシしごとあるダカラ日本帰るね~」
モトボサツ フィリピン修行編の幕開けだった。
2年間いろんなことがジャングルで起きた。
ブログに書けないようなこともある。
でも子供達と学校行って、授業を少しうける生活は本当に至福の時だった。
ブログに書けないようなこともある。
でも子供達と学校行って、授業を少しうける生活は本当に至福の時だった。
人で傷ついた者は人とのふれあいでしか癒せない。
ところで、私が大学の授業を終えて家路を辿るとき、必ず目にする光景がある。
果物を売る子供達だ。
道路の路肩に座り込み、学校の宿題をしている子がいる。
私は自分が同じ歳の頃まったく勉強嫌いで成績もブービー賞だった。
恵まれた環境に居たがその有難味も分らなかった。
まさにフィリピンの蛍雪の功だ!
蛍雪の功を知りたい方はココをみて下さい。
フィリピン生活の醍醐味は絶望の中に見つける一瞬の光だろう。
正直フィリピンでの生活は朝から晩まであり得ない事の連続だ。
しかしそのハードな環境の中で奇跡的に見つける小さな幸せ。
それがあるからフィリピンは楽しい。
それがあるからフィリピンは楽しい。
日本語版 モトボサツセミナー資料より抜粋
フィリピンVS日本
比較材料の中でも子供の数が決定的に違う部分だろう。
とにかく子供が多い!
ビキニバーに行っても子供の居ない踊り子さんは殆ど居ない。
子供は国籍と親を選べない。
親は働かず、子供を働かせる。
この子はマンゴスクエアにいたアクセサリ売りの少女。
「モトボサツさん買ってよ。全部売り終わらないとお母さんに怒られる。」
「お前のお母さんどこに居るだよ?」
「あっち」
なんと母親はすぐ近くで仲間と一緒にビールを飲んでいた・・・・
渋滞の多い通りには必ず物乞いの子供が居る。
少年はタンバイへ、アクセサリー売りの少女はあと10年もすればビキニバーで売春をするようになるのだ。
小さい子供が裸足で車まで寄ってくると無視するのが辛い・・・・
以前はコインをあげていたが、ある日それを止めた。
お金を子供にあげると、そのお金は親に吸い取られる。
またはそのお金でジャブを買ったりする。
それが具体的にわかったからだった。
私は車のダッシュボードに入れている飴玉や駄菓子を上げるようにしてる。
お金の代わりにお土産にいただいた”白い恋人”をあげた。
頂いた方あげちゃってスンマセン・・・
子供の物乞いは毎回キツイ・・・
何か食べ物をあげて無視する罪悪感をかき消している。
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コメント
コメント一覧 (37)
水が重要ですね。
メトロジムの前であった兄弟は僕の渡したミネラル水を
むさぼるようにして飲んでいました。
ウチの周りも朝から夕方まで歩いているのは、年寄りのジーさんバーさんばっかですからね。当たり前か?子供がウロウロしていたら警察から補導される。
セブ市内を真夜中、義弟とバイクでウロウロした事がありましたが、深夜12時位でもガキが物売りの周りにウロウロしてましたよ。あれが普段の光景でしょうね。
いつも、私がフィリピン人に言っている意見は、とにかく人間が多すぎだよ、だから賃金が上がらない、しょうがないので出稼ぎに行く、家庭崩壊とかしてまたまたガキをコロコロ作る。
可愛い物売り少女はボクボクガールに、可愛い少年はレディボーイになって海外に出稼ぎですよ、そっちの方が学校に行って勉強して出稼ぎに行くよりてっとり早いですからね。
アップルジュースがフィリピンで最近人気だとか・・・
昨夜送別会の席である方が力説してました。
こんどぜひ試してみてください!
そうですね。今のレディーボーイやソクソクガールも昔はあんな感じのストリート系だったかもしれないですね。
私の田舎の長崎市も昼間は老人ホームみたいになってます。昔は活気があった思い出がありますが、もう復興しないでしょうね。
最後は東京もそうなってしまって、日本全体が老人ホームになります。
そのあとは中国になるらしいってあちらの国がいってます・・・
SMに売ってるリンゴってあれは輸入ですかね?
フジとか書いてるのもあります・・・
ボクは今パパイヤとバナナにはまってます。 安いし、欠かしたことがありません。 パパイヤは結構いいのを買うのが難しい果物です。 庭にたくさん生ってますが取り入れまでには時間がかかる。 だんだん実のなる場所が高くなって、うまく落とすのが大変。
八百屋さんも安すぎていい商売にならないようです。 で、どこでも売ってる訳じゃない。 となります。 大型スーパーで売ってるのはまずい。
今日のテーマ、 子供。 ボクは大多数の男と違い子供は嫌いです。 あんな厄介なものはない。
りんごは余分な塩分を排出してくれるので、食べるに限りますね。
日本人の私からするとニセモノですね、多分中国製の不味いのから作ったような。
セブに行ったら、とにかくフレッシュマンゴシェイクです、これは最高に美味い!!
パパイヤ・スイカとかも、バイキングスタイルの朝食の時はたらふく食べてました。
マニラでは露天商でモンキーバナナを一房買って、ホテルの部屋でいつも食べてました。
悪循環が永遠に続くだけので。
フィリピンの子供はかわいく、心が痛いので、これからは飲み物を持ってたらあげるようにします。
私のメイドが車に乗っている時、子どもが物乞いに来ました。
メイドは窓を開けて子供にコインを上げました。
家に帰ってから子どもにお金を上げてはいけない理由を話しました。
一応理解したようですが、私がいないときには上げているようです。
フィリピンでは持っている人が、持っていない人に施しをしないと罪悪感を感じるようです。
記事が更新されるの毎日楽しみにしています。
今日は電車の中で涙が出てしまいました。悲しいとは違うけど、何でだろ…
ここ数日の記事はちょっとした映画のようで…でも、本当の事なんですよね。
私の子供たちは日本人に生まれて幸せなのかな?とフィリピンの子供たちの目を見ると思います。
モトボサツ教の信者になって毎日教えを読んでいたら、スーパーで豚肉見るとバブイ、太っている人を見てもバブイ。女の人をババエ・・・
モトボサツさんがこのブログで使っている単語が頭の中で自然に思い浮かぶようになってしまいました。
日本語の文章の中にビサヤ語の単語だけをちりばめていただけないでしょうか。
日本人的に音も面白いので子供に教えて使わせてます。
モトボサツさんは、文武両道で武人の様な侍の様な方ですね。
日本国内・国外で光と影、表と裏の世界を観て天国と地獄を体験し数々の修羅場を経験
したであろう漢だからこそ持つ優しさ・厳しさ・・・
そして独特の切り口・・・
更新が毎日楽しみで仕方ないです。
近日中にお会い出来る事を楽しみにしております。
毎日、経験に裏付けられた話がとても勉強になります。ピノイと関係を断つ決心がつきました。ありがとうございました。
子供の物乞いは正直きついですね。私は割り切って何もあげてませんでしたが
今度からはアメでも常備しておこうかな・・。
いつの日かこの悪循環が改善されるときが来るんでしょうか?
規律があるけど自殺者も多い日本と規律はなくてハチャメチャだけど
みんな楽しそうに生きてるフィリピン、どっちもどっちですかね。
その波間をただよっている自分が一番中途半端かもしれませんが・・・。
>道路の路肩に座り込み、学校の宿題をしている子がいる。
ん~ん・・・確かに見た事は有ります! しかし、勉強しているとは思ってもみなかった!
渋滞等で、停まった車に近付く物乞いの子供にはコインをあげた事は有りました!
そうですネ、子供にあげたコインは母親やタンバイ父親へ渡るのは確実ですネ!
次回(いつになるかは判りませんが)からは、大阪のおばちゃん並に飴ちゃんをあげる様にします!
パパイヤその辺に沢山ありますね。フィリピン人は金だしてワザワザ買いたくないって言ってます。私はあまり果物に詳しくないのですが、パパイヤ奥が深そうですね! 私も果物にこだわってみようかな・・・
もういやじゃ~って思いまくりながら、ちょっといいことがあったりして微妙なバランスの上に成り立っている私のセブ人生です。。。
小さな幸せ拾いながら生きてます
モンキーバナナって聞いたらピノイの小さいチ〇コの話を思い出しました(笑)
果物の国だから沢山食べないともったいないですね マジ
中国製ですかね? 私はジュースに詳しくなくてですね。中国製って危ないイメージがありますね。幾ら抗体の強いピノイでもアブナイかも・・・
金をあげると彼等の為にならないですね。
食べ物をあげるとあまり喜びませんが自己満足を得るにはそれでいいかなと・・・・
そうですね。
たとえばフィリピン人がなにか食べてる時に偶然出くわすと、慌てて共有しようとします。あれは自分だけ食べるのが恥ずかしいんですね。
お金もそうなんですかね?
でも貧しい人ほどコインを分ける気がします。
金持ちがストリート系にコインあげてる姿あまり見ません。
デブはタンボックです。
日本で太った人にデブというと怒られますが、セブだとタンボックと言いいます。
けして悪口ではなく、どちらかというと褒め言葉ですね。
私は言われたくないですが
ババエ(女) ララキ(男)
デブ女は タンボックナババエでOKです。
見た目ふつうです。
へ?ってよく言われます。
ガッカリしたらごめんなさいネ(汗)
無理してあげなくていいっすよ。
私は個人的に割り切れない感があるだけです。
彼等はけっして不幸じゃないと思います。
人間トータル点数は不動です。
1円儲けたらなにか絶対失います。
自動的に!
だったら自分らしく生きたほうがいいですネ
ウチのセブの家族は小金持ちから貧乏人まで、正にフィリピン社会の縮図ですが
今、病院に入院していると思われる貧乏人の末妹は、コロコロ・5人も子供が居ますが
学費も満足に大工の旦那が稼げないので、小金持ちの義姉が補助していたようですが
娘はハイスクールを出たとたんに、男を作って子供も作ってまたまた貧乏道をまっしぐらですよ。
多分、今入院している病院代も旦那は支払えないと推測しますので、誰が支払うか揉めてるでしょうね。これがフィリピンの現実ですよ!
Maghintay ka lamangってババエバージョンもあったんですね。タガログの歌は女性歌手にかぎる!タンボックであるほど歌が上手い。
chariceもデブになるほどうまくなっているような気がします
さすがにワシも最近では年をとったので子供達の中に身を置くのがとても心地よくなっています。
貧乏人の子だくさん。
これはフィリピンでは100%当てはまりますね。
私の働く学校で一度生徒に聞いたんですが、兄弟は平均3名程度です。
少しずつ子供の数が減って来てます。
お金は高いところから低いところへ流れ、請求は低いところから高いところへ・・・
ってことはRyuchanさんへ来るのかな?
で、わたし子供できちゃった~って言ってみたんですね?
そしたら次の日得意のヒットエンドランだと思って塁を離れた途端 アウト~みたいな感じですか?
彼・・・
おお、話合いますなぁ~