TAITANIC


タイタニックという映画はあまりにも有名過ぎる。

ストーリーや演技が余りにもお約束というかコテコテ感が強過ぎて残念ながら嫌いな映画だ。

このポーズもやったことがない(笑)

人生のリアリティが感じられない。

しかし女性がシングルマザーだとフィリピン版タイタニックになってしまう・・・

そして男性は腰の上の贅肉をつかむ。

タイタニック、最後は氷山にぶつかって沈没するのだがその時我先に救命ボートの権利を奪い合う。

RESUCUE

女性と子供を生かすために男達は犠牲になるべきだ。

ココに真実が書いてあるかもしれません

しかし、異なる国籍の乗船客達の説得方法も異なるはずだ。

アメリカ人用 「君は絶対ヒーローだ!」


イギリス人用 「紳士でしょ?」

フランス人用 「絶対に飛び込まないでね」


イタリア人用 「あそこに美女が溺れているぜ」


ドイツ人用 「法律でそう決まったよ」

フィリピン人用 「チップ沢山もらえるらしいよ」

韓国人用 「日本人が飛び込んだよ」


日本人用 「皆さん飛び込んでますよ」



右へ習う事を美徳とする日本人気質。

逆に言えば出る杭は打たれる。

しかしそんな中でも勇気をだして誰かが道を切り開くと逆にどんどん後に続く。

先日のブログでSRPの湾岸老人ホームプロジェクトについて触れたが、誰かの後に続きやすい日本人はもしうまくいけばどんどんセブへ進出してくるに違いない。

よかったらココを確認してください


「お前空気読めよ~」

何度言われたか知れない。

この表現はもっともポピュラーな日本語表現の一つだろう。

英語で言うとREAD THE SITUATION

他にはGauge the atomosphereやREAD BETWEEN THE LINES

日本人の85%は空気が読めると言われている。

しかし、フィリピン人は全体の1%程度だ。


read
モトボサツセミナー資料より抜粋 2014年


本を読まないフィリピン人は空気はもっと読まない。

フィリピンでの生活でまず感動したのは空気を読まない生活だった。

不安になる位の自由さ。

私は海外に全くと言ってよい程興味が無かった。

元妻と離婚していなかったら未だに絶対そうだ。

英語、タガログ、ビサヤ語 何それ?

フィリピン?裸で歩いているような国でしょ?

日本語を上手く話し、その枠の中でなんとか生きて行くことしか考えなかったと思う。

人生とは本当にわからないものだ。

まるで大地震でも来たかのようにある日突然ガラっと変わってしまった・・・

それからセブのジャングルで生活し、野生動物の様に生きた。

人生観が何度も何度も変わった。

そして、日本時代の自分をまるで他人事のように振り返る今がある。

日本での生活しか知らなかった頃は得体のしれない閉塞感に囲まれていた。

しかし日本という選択肢しか無かった自分はそれが普通なのだと自分に言い聞かせていた。

だからセブに来て初めて昔を振り返り、あの時の自分の状況が解説できる。

ところで、昔司法試験の勉強をしていたころ、よく「意思」という言葉が出て来た。

知っているようで実はピンとこないこの微妙な単語を見るたびにモヤモヤ感が募った。

直感的に生きるタイプの私はそのモヤモヤ感を消すことが出来なかった。

この「意思」とは、個人の選択であり、 意思表示とか自由意思という使い方がなされる。

色んな文を読むたびにシツコク出てくる「意思」という表現。

裏を返せば日本ではわざわざ法律の条文で「意思」という言葉を連呼しなければならない程、特殊な事なのかもしれない。

indivi
モトボサツセミナー資料より抜粋  2014年


モトボサツセミナーではまず初めにフィリピンと日本の大きな違いから入る。

勝手に独断と偏見も交えながら超大雑把に比較する。

4番目にINDIVIDUALと書いてあるが、これは個人の「意思力」の違いだ。

個人の判断や選択をどれだけ主張できるかという状況を表している。

フィリピン5、 日本1

日本ではみんなが残業している中自分だけ帰ると白い目で見られる。

就業時間が終わって、さらに自分のやるべきことが終わっても帰るのを許してもらえない。

INDIVIDUAL5のフィ入りピン人には理解できないだろう。

酒の席で一人だけジュース飲むと絶対、「飲まないの?」と聞かれる。

その言葉にはみんなが酒飲んでるのに一人だけジュースなんか飲むなよと聞こえる気がする。

そうやって臆病な人間をどんどん形成してしまっている。

フィリピンでは中国人の結束力が注目される。

「中国人って皆で協力して何かやるけど、日本人絶対やらないよね」

むしろ日本人同士で足の引っ張り合いをする。

出る杭は打たれるのだ。

空気を読むことに一生懸命成り過ぎて、無駄な事へ神経を使いすぎる。

日本人が海外で生きていく上でこの空気を読むことが時には弊害となっているようだ。

あれは日本という特殊な場所だけに使える技なのだろう。

ぜひ空気を読まない力を見につけて行きたいと最近思いながら生活している。


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